京都アニメーション社屋放火事件から考える法律の限界

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2019年7月18日、平成以降最悪と言われる放火事件が起こってしまいました。


お亡くなりになられた方、お怪我をされた方、ご家族、ご遺族の方…本当に数え切れない数の方々が苦しみや悲しみの中にいると思います。

 

直接的にできることが何もなく歯がゆい思いがしますが、建築士という立場からこの事件を考えることが少しでも役にたてばと思い筆をとりました。


(※現段階でわかる情報で書いているので、新しい情報が入り次第適宜加筆修正して行くことになると思います。)

 

 


■ 目次 ■


1:そもそも建物に問題はなかったのか
2:防耐火性能を決める法律
3:防火区画とは−準耐火建築物の妙−
4:避難について
5:法律の「想定外」にどう対応するのか

 


1:そもそも建物に問題はなかったのか


これはあくまでも私見ですが、僕はこの建物は適法だったと考えます。


現代日本で建物を建てようとすると、ほとんど全ての場合に「確認申請」というステップが必要になります。


これは建設されようとしている建物が各種法令に適合しているかを確認する手続きで、各地の行政(もしくは民間機関)と所轄消防がかなり厳しくチェックします。


確認申請を通って建設されているのであれば、基本的には明らかな違法性は無いと考えるのが筋だと思います。


竣工後に法に適合しない改造が行われる可能性もありますが、定期的に消防の立ち入り検査なども実施されるため、一般的にはそこまで致命的な違法部位は生じないシステムとなっています。(大学時代の話になりますが、研究室の前に大量の模型を放置して避難用の通路を塞いでいたら、消防の立ち入り検査時に「君たち死ぬぞ!!」とかなり厳しく怒られたこともあります。)

 

しかし、建築にある程度詳しい方であれば「そもそもこの建物は3階建なのに竪穴区画が無いから違法建築じゃないのか」という疑問をもたれるかもしれません。


それについては防火区画に関する法令を紐解くと違法性は無いということがわかりますが、まずは一番基本的な建物の防耐火性能を決める「耐火建築物」「準耐火建築物」「その他建築物」の考え方をみていきます。

 

 


2:防耐火性能を決める法律


建築物には「耐火建築物」「準耐火建築物」「その他建築物」という3つのランクがあります。(今回は話がややこしくなるので、「特定避難時間倒壊等防止建築物」については端折ります。)


イメージ通り、「耐火建築物」が一番防耐火性能が高い建築物となります。


ではどうやって建物の耐火ランクを決めるのかというと、大きく分けて以下の3つの要素が影響してきます。

 

① 建物の用途
② 建物の建設地
(③建物の規模)

 

まず①については、建築基準法でいう「特殊建築物」という建物はある程度の規模になると耐火建築物にしなくてはなりません。(建基法27条)


特殊建築物と言われるとすごく変わった建物のように思われるかもしれませんが、ものすごくざっくりいうと不特定多数の人の来訪が見込まれる建物のことです。(劇場とか、病院とか…)


次に②についてですが、建物が建つ敷地は行政によって「防火地域」、「準防火地域」、「その他の地域(法22条地域)」という3種類の区分けがなされています。このうち、「防火地域」「準防火地域」に当たる場合、ある程度の建物規模になると耐火建築物や準耐火建築物とすることが必要となります。


最後の③について、なんとなくイメージ的には「大きい建物は耐火建築物にしないとダメなんじゃ無いか?」という気持ちになるかもしれませんが、実は①と②という前提がなければどんなに大規模な建物でも耐火建築物や準耐火建築物にする必要はなかったりします。(建基法26条の防火壁という条項で現実的にはそんな建物はほぼ存在しないのですが。)

 

憶測にはなりますが、今回の京都アニメーションの社屋について整理すると以下のようになります。

 

・ 建物用途は事務所(非特殊建築物)
・ 準防火地域
・ 規模は700平米程度

 

この条件を基に建物を設計するとなると、僕だったら「準耐火建築物(ロ-2)」としますし、恐らく実際もそうだと思います。

 

 


3:防火区画とは


建築基準法には「防火区画」という考え方があります。


燃えにくい壁や床で建物を区切ることで、火事の際に燃え広がることを防ぐのが目的で、最初の方に書いた「竪穴区画」も防火区画の一種です。

 

防火区画には大きく分けて「面積区画」「竪穴区画」「高層区画」「異種用途区画」の4つの種類があります。


今回の事件で注目を浴びている「竪穴区画」ですが、これは簡単に言うと階段や吹き抜け、ダクトスペースなど、建物を複層に渡って縦貫する穴は周りと区画しなさいよという法律で、「主要構造部を準耐火構造とした建築物」に適用されます。

 

ここでポイントになるのが、「準耐火建築物」は全て「主要構造部を準耐火構造とした建築物」なのか、というところです。

 

結論から言うと答えは ”NO” です。

 

先ほど書いた「準耐火建築物(ロ-2)」は主要構造部(柱や梁など)を準耐火構造にはしていません。

 

「なんだそれ!危ないじゃないか!」と思われる方もたくさんいると思いますし、違和感や不自然さを覚える気持ちは僕もわかります。


しかし、この「準耐火建築物ロ-2」という基準は様々な技術的検証を経て定められているため、安全性は問題ないというのが現在の建築基準法の考え方です。

 

つまり、「準耐火建築物ロ-2」であれば理論上は何階建であっても竪穴区画は不要です。


現実的には大規模になれば、その他の法規制によって防火区画が発生してくるのが通常ですが、今回の社屋は規模が700㎡程度ということもあり、恐らく防火区画は存在していなかったものと思われます。

 

 


4:避難について


火災や地震などの非常事態を想定して、建物には避難経路が確保されています。


通常、縦の避難には階段を利用しますが、この階段の個数や階段に至るまでの距離なども厳しい基準が存在しています。

 

京都アニメーションの社屋については詳細な面積情報がないのではっきりしたことはわかりませんが、恐らく規模的には1階から屋上まで通した階段が1箇所あれば適法だと思われます。


問題の螺旋階段はもしかしたら実用性と意匠性を考慮して設置していたのかもしれませんが、通常の火災や地震であればこの階段も利用して避難ができると思うので、避難の面ではむしろ安全側の設計だったとも考えられます。

 

 


5:法律の「想定外」にどう対応するのか


色々と書いてきましたが、「適法だったのに」なぜ今回のような惨事に至ってしまったのでしょうか。

 

こんな言葉でまとめてしまうのが非常に悔しいですが、その理由は「想定外だった」としか言いようがありません。

 

建築基準法第2条九の二(耐火建築物)にはこう書かれています。

 

(ⅰ)当該建築物の構造、建築設備及び用途に応じて屋内において発生が予測される火災による火熱に当該火災が終了するまで耐えること。

 

日本の建築基準法は本当に、本当に厳しいです。


なので、建築基準法に則って建設された日本の建物の安全性は非常に高いです。


設計業務に従事する建築士として、それは断言できます。

 

しかし、法に則って造られたからといって、万事に対して安全かと言われると、そうではありません。


あくまでも、建築基準法は一般的な条件において「発生が予測される」状況に対する法律だからです。


今回の火災の発端はガソリンですが、日常的にガソリンを扱う施設はガソリンによる火災が「予測される」ため、もっと厳しい規制がかかります。

 

東日本大震災や、西日本豪雨など、近年の「想定外」の自然災害においては、建築の無力さを痛感することがしばしばありましたが、今回のような人為的な「想定外」の事態に対しては無力さだけではなく、強い怒りを覚えます。

 

京都アニメーションの放火事件が「平成以降最悪」といわれていますが、それ以前に起こった「千日前デパート火災」でも同様に竪穴を通って延焼が拡がったという調査報告があります。


この時は、消防設備の点検不良や防火シャッターと売り物の干渉など、防げたはずのミスが積み重なって非常に甚大な被害につながったという経緯があり、こういった教訓から、建築基準法や消防法も改正を重ね、日々より安全な建物を生み出す努力をみなさん重ねておられます。

 

それでも今回のような事件が起こってしまう…
本当に悲しいです。

 

法律に則った建物を設計するのは当然ですが、不測の事態もある程度想定し、設計者判断でできる限り安全性を高めていくしかないですね…

 

歯切れの悪い終わり方となってしまいましたが、このような事件が二度と繰り返されないことを祈るばかりです。

 

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